組合職員ブログ

2005年04月06日

名士と戦士 =劉備主従と諸葛亮=

■諸葛孔明=劉備軍初の名士=

 劉備軍は、例えるなら傭兵集団のようなもので、局地戦には強かったが土地の顔役とも言える名士層との交流がなかったため、拠点を築くことが出来なかった。

 荊州で諸葛亮が加わり、劉備にとって念願の名士が仲間入りしたのである。これにより劉備は荊州の名士たちを取り込むことに成功し、赤壁で曹操軍敗退後、荊州南方で自前の勢力を築くことに成功した。続きを読む
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【蜀王朝】主従を超えた関係 =劉備・関羽・張飛=

■劉備と関羽・張飛=蜀の黎明期=

 後漢末の黄巾の乱以来、常に劉備の脇にあって補佐し続けたのが関羽と張飛である。両者の武勇は魏の参謀が「兵士1万人に相当する」と評した通り、当代随一のものであった。続きを読む
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酒が身を滅ぼし、国を滅ぼす

■暴君 孫皓

 孫皓は帝位に就くと、早速人事の刷新を行った。誰もが納得する人事を行ったため、重臣たちはこれで国も安泰だと胸をなで下ろした。続きを読む
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【呉王朝】長期政権とストレス 〜げに怖きもの〜

■呉の初代皇帝孫権

後漢が滅んだ後、魏・呉・蜀の三国が三つどもえの争いを繰り返していた。その中で呉は、豊かな江南(江蘇省・広東省一帯)に勢力を築き、魏に次ぐ実力を持っていた。蜀、魏と相次いで滅んだ後も国を維持し、三国の中で最も長く存続した国家を築いた名君が孫権であった続きを読む
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三国志に幕を引いた男=司馬懿

■名士・司馬懿

 司馬懿は、孔明のライバルとして有名な人物である。曹操が、自分に仕えなければ殺すとまで言って強引に配下に加えた程の人物である。しかしその能力と野心を警戒した曹操は、実権は与えなかった。続きを読む
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2005年04月05日

三大パイオニアの名論卓説 −韓非・マキュアベリ・足利尊氏−

 韓非とマキュアベリは理論家で尊氏は実践者であった。マキュアベリは生前

「わしは堅苦しい天国よりは地獄がいい」

と言っていた。続きを読む
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世界を操る「三大策士」 その3〜足利尊氏〜

足利尊氏(1305〜1358年)
−逆賊として断罪か、時代の生んだ英雄か−

■毀誉褒貶の生涯

○幕府の主筋 北条高時への謀反

 妻子を人質に取られて身の危険を感じ、力のみを信じ義理人情にかける高時では、天下は治まらないと見限った。敵方の後醍醐天皇に味方し、第一の戦功をあげる。続きを読む
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世界を操る「三大策士」 その2〜ニコロ・マキュアベリ〜

ニコロ・マキュアベリ(1469〜1527年)
−ローマ法王により禁書とされた悪徳のすすめ−

■同時代人に拒絶された思想

『君主論』・・・権力の獲得や維持の中核をなす軍事力を論じる。また、理想的君主像を述べ、理想のままに振る舞えば必ず没落すると論じた。君主に対する恐怖心、残忍な行為の有用さ、信義や誠実は信じるに足らないと主張する。続きを読む
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2005年04月04日

【魏王朝】三国時代の覇者?

■「勝率8割」の戦歴 =曹操=

 魏・呉・蜀の三国時代、当代で並ぶ者のいない程戦略・戦術に長けていたのが曹操である。そのことは多くの伝記の認めるところであり、忙しい軍務の合間を縫って研鑽を重ね、ついには「孫子注釈書」まで著している。
 現代に伝わっている孫子の兵法は、この曹操の注釈の入ったものである。
 彼の戦歴をたどると、”勝率8割”というのもむべなるかなである。続きを読む
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2005年04月01日

世界を操る「三大策士」 その1〜韓非子〜

■韓非子を完全には活かせなかった始皇帝

 始皇帝は彼の著作(五蠹篇(ごとへん)と孤憤篇)を読んで、「ああ、これを書いた者と会えたら、私は死んでも悔いはない」とまで言い、それを国家運営に活かして史上初めての統一国家建設を成し遂げた。
 しかし、韓非子が繰り返し注意した側近間の権力争いを放置したため、韓非子は彼の才能を妬む李斯に毒殺され、国自体も始皇帝の死後わずか4年で崩壊した。続きを読む
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2005年03月31日

千戦一夜物語について

 中国の歴史は、そのまま内戦の歴史といわれています。
千戦一夜物語では、その嵐の中を駆け抜けていった権謀術数の先駆者

−孫子と韓非子−

に焦点をあてます。

 それは、本文でも随所に登場する現代の東西戦に示唆するところが多数あるからです。

■1万件を越す文献

 中国内戦の一時代を切り取ってみても、その道の大家によると「1万件」を超す文献があると言われています。


■「全ての歴史は現代史である」=イタリアのクローチェ=

 「全ての歴史は現代史である」と喝破したのはイタリアのクローチェですが、彼の予言そのままに、それらの遠い歴史(教訓)は今この瞬間にもことごとに蘇り、国際的な近代戦に持ち込まれています。


■このサロンを共に

 この冊子の中味は、あまりにも殺伐としており、一方著名な人物を取り上げたりもしているので、異論百出は当然のことと自覚しております。
 共に飲み語り明かして、さらなるご指摘・ご指導を賜らんことを切に期待します。
posted by 元組合職員 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 千戦一夜物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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